スズラン - フラワーコーディネーター森 由美子のホームページ

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 5月末、八ヶ岳南麓・小淵沢の自宅の庭に、私の大好きな日本スズランが何輪か咲きました。

 一昨年、大きくなりすぎた庭のアカマツを何本か伐採したのですが、それからというもの、陽射しや風の流れが変わったことから、庭の植物にもずいぶん影響を及ぼしました。元気を取り戻した草木もある一方で、いつの間にか姿を見せなくなった植物もあるようです。

 

 庭のスズランのことに戻りますが、昨年までは茎と葉を伸ばすばかりだった我が家の日本スズランが、今年やっと白いスズを連ねた愛らしい花をつけたのです。久しぶりの開花が嬉しくて、友人知人に話をし、日本スズランを知らない人が来ると、咲いているところまでご案内もしました。

 

 話は30年ほど前にさかのぼります。当時、八ヶ岳北麓・蓼科に、恵泉園芸センターのイングリッシュ・ガーデン「蓼科ガーデン」を作る計画が進められていました。ぜひその土地を見てほしいと、今は亡き百瀬和子さんからお誘いの電話がありました。恵泉女学園の小平キャンパスにあった、「岡見先生の、あのガーデンをぜひ作りたいのよ」、という言葉に心ひかれて、さっそく家族ともども出かけました。                                            

     

 

 

      

 

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 その帰り道でのことです。当日の朝刊に、八ヶ岳南麓・小淵沢地区の別荘地売り出し中という広告が載っていました。現地に立ち寄ろうとドライブをしていると、目的地のすぐ手前で、アカマツ林の下草の中に、スズランが群生しているのを目にしてしまったのです。案内された別荘地にも、そこかしこに日本スズランが愛らしく花を咲かせているではありませんか! スズランのあの白い小さな花たちが、私と小淵沢のえにしをつないだのです。

 

 後から知ったことですが、スズランは小淵沢町(いまは北杜市の一部です)の町花、アカマツは町木になっていました。

 

 いまでは、残念なことに、アカマツ林の散策中にスズランを見かけることはすっかり少なくなりました。スズランは直射日光が当たらない、風通しのよいところを好みます。小淵沢一帯のアカマツがどれも巨木化し、下草も育ちすぎたために、スズランたちには生きにくい環境になってしまったのかも知れません。でも、あの小淵沢のアカマツ林の中には、下草に身をひそませ、辛抱強く出番を待っているスズランたちがいるのではないかと、声援を送りたい気持ちでおります。

 

 

 小淵沢は、山梨県の西北端に位置しています。我が家から西へ、車でものの5分も走ると、お隣の長野県・富士見町に入ります。ここには、『花の百名山』(山と渓谷社刊)のひとつである入笠山があり、「スズラン山」と呼ばれることもあるほどの日本スズランの名所となっています。

 

 6月に入ってまもなく、数年ぶりに入笠山へ行ってまいりました。5月末から6月いっぱいがこの山の野生の日本スズランの見ごろで、おりしも『すずらん祭り』が実施されていました。

 

 ちょっと前まではかなり上まで自分の車で行けたのですが、いまはマイカー規制が励行されています。2014年6月、といいますから、ちょうど1年前に入笠山がユネスコの生物圏保護地域に登録されたこともあり、厳しい入山規制が実施されいます。自然環境を守るためにはやむを得ないというより、当然の処置だと思います。                     

          

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富士見パノラマリゾートのチラシから

 エコを順守する見学者は、山麓駅(標高1050メートル)からゴンドラに乗ります。

 

 ゴンドラのウィンドウからは、八ヶ岳の見事なパノラマがワイドスクリーンで広がります。10分ほどで、標高1780メートルの山頂駅に到着します。1955メートルの入笠山ですから、  頂上まであとわずか175メートルのところまで、苦労なく登ってきました。   

 

 山頂駅から林間のダートを10分ほど下ります。道筋の植物に花の名札がいくつも立てられていますが、花の少ない時期ですので、周辺には花は何も見当たりませんでした。                                                                                                                                                                                           

           

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   この日は曇天で遠景は曇っていましたが、晴れた日には、八ヶ岳の大パノラマが楽しめます。
     

 目指す入笠湿地はもうすぐです。シカの侵入を防ぐため、湿原のまわりをネットでぐるり取り囲んでいました。これは前に来た時にはなかったものです。やはりこのあたりもニホンジカが増えすぎていて、森林被害が深刻になっているのでしょう。

 

 ネットに設けられた鉄の扉を開け、またきちんと閉めます。   

     

 目の前に、広々と開けた湿原地帯があらわれます。すり鉢状の地形の底に広がっているのがこの入笠湿原です。

 

 訪れたこの日、湿地帯の縁取りのように立ち並ぶ、この山に数多いズミ(コナシ)の真っ白な花がまさに満開のときを迎えていました。それはそれは美しい景観で、感激いたしました。                 

      

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 ズミのボーダーとは反対側の、すり鉢の斜面には、日本スズランの群生地がひろがっています。

 

 まるで芝生のように見える草原の1本1本がすべてスズランなのですから、まさに圧巻です。今年の『すずらん祭り』のチラシを見ると、「100万本の日本すずらん」がここに群生していると書かれています。                                                                                                      

             

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 3頭の犬を連れた人たちが、木道を降りてきて、ちょうど私のいるところでひと休みをしました。

 

 きっとスズランのことをよく知らない方々なのでしょう、女性のひとりが「な~んにもないのね」というのを小耳にはさみ、ついおせっかいにも、「ここにもあそこにも、スズランが葉のかげに咲いていますよ」と教えたあげると、花が咲いていることに初めて気がついたと、みんなで大喜びしていました。

 

    

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 ご存じの方も多いでしょうが、日本スズランは、花屋さんでよく見かける観賞用のスズラン(ドイツスズラン)とは少し違います。

 

 日本に野生するスズランは、ドイツスズランより小さく、花茎が葉より短いため、真上から見ると気がつきにくいのです。斜面を上から降りてくる人は、葉のかげに隠れている花に気がつかないまま、通り過ぎてしまうのかも知れません。私みたいなスズラン大好き人間には、きっとテレバシーを送ってくれるのでしょう、林に数株だけのスズランでも、白い花が恥ずかしがりながらも顔をのぞかせてくれるものですが…。

 

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 日本では昔から、スズランのことを「君影草」(きみかげそう)と呼んでいました。葉の陰に、顔を伏せた小ぶりの、シャイな可愛い花。日本スズランは、まさに君影草と呼ばれるにふさわしい、楚々たる風情です。香りもドイツスズランより淡いのですが、それがまたほんのりと好もしく薫ります。

 

 

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 この湿原に最初に来たのは、30年も前のことです。もちろんゴンドラはありませんでしたし、ここまでやって来たのは、ほとんど登山者だけだったのでしょう。

 

 湿原の斜面には、いまと同じように日本スズランが群生していましたが、木道もなく、斜面を思い思いに動き回り、空いている空間に座り込み、スズランの花と香りを独り占めにして、優雅な気持ちでのんびりと過ごしたものでした。そのときのことを、懐かしく思い出しました。                                                                  

    

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 久しぶりに訪れた入笠山は、これもまた私の大好きな庭木のひとつであるズミ(小淵沢の店の前庭にも植えてあります)の木々が、まさに満開というグッドタイミングでした。また、日本スズラン群生地の健在ぶりも目(ま)の当たりにすることができました。

 

 今年もスズランの香りに包まれて、優雅なひとときを味わうことができました。自然からまたひとつ、素晴らしい贈り物をいただいた気持ちです。忘れられない一日に感謝しつつ、入笠山をあとにいたしました。                                                                                                   

     

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