ツバキ - フラワーコーディネーター森 由美子のホームページ

花ごよみ

 

ツバキ

 

 ツバキは日本原産のものが多く、鹿児島から青森まで広く自生しているヤマツバキ(ヤブツバキ)をはじめ、全国各地にさまざまな種類のツバキが分布しています。世界の常緑樹の中でも、最も変化に富んだ花を咲かせるもののひとつです。

 

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白ツバキのコサージュ。

気品があって、花嫁の装いにもぴったりです。

シャネルも白ツバキをシンボルにしています。

 

 ツバキの謙虚で気品のある美しさは、国境を越えて人々に愛されています。私は長年にわたり、いろいろな国々で庭園や植物園を見学してまいりましたが、どこへ行っても、びっくりするほどたくさんの日本原産の草木が栽培されていました。異郷の地でけなげに咲く花々はどれも愛おしく、見慣れたものであってもその美しさに改めて感嘆することがしばしばありました。ツバキもそのひとつです。アメリカ、ポルトガル、スペイン、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、マレーシアなど、多くの国々で日本から渡ったツバキに出合いましたが、どこでも土地の人たちに愛され、大切に育てられていることを知り感激しました。

 

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2012年、オランダの園芸博フロリアードの帰路、1年に2週間だけ公開されるベルギー王宮温室を訪れました。堂々とした趣きから「ガラスの宮殿」とも呼ばれます。   温室内で育てられているツバキの木

 

 

 

  春になると小さめのツバキの鉢は外に並べられます。多くの人たちが楽しげに眺めていました

 

 私の実家の庭にも、様々な種類のツバキの木がありました。植物好きな祖父は、港区の麻布に住んでいたのですが、今から90年ほど昔に、「空気がよく、自然のあふれたところ」として世田谷・松原に隠居所を設けました。その家が両親の新居となり、私が生まれ育ちました。

 

 その頃にしては珍しい省エネ志向の家でした。太陽熱温水装置を備え、家の中を温水のパイプが通っていました。今風に言えばエコ暖房で、床も温かく、手洗いでも温水が使えました。日本と西洋の建築を折衷したものでしたが、北側の玄関の左右と西側は垣根をめぐらせ、花木、とくにツバキとサザンカが多種類植えられていました。常緑樹のつややかな葉が茂る垣根に、四季おりおりの花々がちりばめられている眺めは、それは美しいものに思えました。幼年期から少女期の歳月をともにした、実家の庭のすべての木々や草花が、私の懐かしい思い出になっています。またいまだに続く植物への関心の原点となっています。

 

 ツバキに心ひかれた私は、その後、日本各地でツバキの名所や名木を見て回る機会を得ました。でも、ツバキ遍歴の中でひとつだけ、なかなかかなえられなかったことがありました。そのきっかけとなったのは、ツバキを特集した昭和51年発行の『季刊アニマ冬号』(平凡社・太陽姉妹)でした。                                                                                                  

          

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 いまでも手元に残してあるこの特集号には、ツバキについての広範囲な情報が満載されていますが、私が興味をひかれたの

が、嵯峨崎司朗さんの『二月堂椿 - 春を呼ぶお水取り』と題した文章と入江泰吉さんの『お水取りの椿』と題した写真でした。奈良・東大寺の二月堂で、お水取りの行事を飾るツバキの造花がいつどのように始まったのか、誰によって作られるのかなどがよく分かりました。

 

 この造花は、聖観音さまに捧げるための、平安朝後期から連綿と続く伝統の花であり、練行衆と呼ばれる選ばれた僧侶たちが別火坊の広間に集まり、車座になって花ごしらえをするのだと書かれていました。東大寺は歴史に残るあまたの名僧を輩出してきましたが、そんな偉いお坊さまたちも若い頃には何度かこの花を作ってきたのだと知ったときから、ツバキが大好きな私にとって、「二月堂椿」はぜひ見てみたい、できれば手に入れたいものになりました。

 


 「二月堂椿」は、東大寺開山堂の南側に植えられている紅色地に白の斑点がある「糊こぼし」という種類のツバキをモデルとしているのだそうです。タラの木を芯に、仙花紙で作った赤と白の花びらに、黄色いシベを配した素朴な造花です。赤い花びらは紅花で、黄色いシベはクチナシの実で染められています。

                             

  

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 お坊さまたちが花ごしらえした二月堂椿

 

 東大寺・二月堂のお水取りの行事は、正式には「修二会(しゅにえ)」と呼ばれます。もとは旧暦の2月に「修する法会」であったための呼び方です。一年たりとも途切れずに続けられてきた法会(平成27年で1264回目)だということです。いまは3月1日から2週間続く春を告げる行事になっています。

 

 修二会に出かける機会は、どういうわけかなかなかめぐってきませんでしたが、やっと平成16年に3月11日から2泊3日の奈良行きが実現し、念願を果たすことができました。

 

 足元からじんじんと冷え込む3月12日の夕方、私は参拝者であふれるばかりの二月堂の前におりました。舞台に向かって左手のお水取りの井戸(12日の深夜に香水を汲み上げる若狭井)の近くに居場所を確保しました。しばらくすると、いよいよ11本の長い松明に火がつき、それを抱えた若い僧たちが脇の階段を駆け上がり、舞台の上で大きく松明を振り回し、滝のような火の粉が参拝者の頭上に降り注がれました。その火の粉を浴びると、心身が浄められて一年間の無病息災に恵まれるといわれています。

 

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修二会の松明が見たくて昼間行ってみました。   松明の先端。ハスの花をかたどっているそうです。      

修二会の舞台から降り注ぐ火の粉

 

 

 私のところには、残念ながら火の粉は届きませんでしたが、千年以上も続いている法会の場に居合わせている喜びにひたりました。松明が消えてから、堂内に飾られているというツバキの造花を見るために、石段を登りました。途中、降りてくる人たちのおひとりから、なぜか私に差し出されたのが、松明の名残りの焼け焦げた杉の枝でした。火の粉に代わる縁起物としてありがたく頂戴し、舞台にあがりました。

 

 覗き込んだお堂の中はずいぶんと薄暗く、最初は何も見えそうになかったのですが、目を凝らしているうちにほのかな光の中に見えてきました、あの「二月堂椿」が。内陣に供えられたいくつもの「二月堂椿」が。その情景をしっかり心に刻み込みました。

 

 さらに翌日、思いがけないもうひとつの幸運が舞い込みました。ならまちの古いたたずまいのお店で、お水取りに使われた本物の「二月堂椿」の花を、なんと2輪も分けてくださったのです。お坊さまたちが花ごしらえされた貴重なツバキの造花です。春を招き入れるシンボルである「二月堂椿」。私の大切なコレクションのひとつになったことは申すまでもありません。

 

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左上: 幸運にも手に入った二月堂椿

左下: 二月堂椿を模した土鈴

右: 上生菓子「二月堂椿」   

   我が家の庭に咲きだした糊こぼしツバキ。二月堂椿のモデルというのがうなずけます。   我が家の庭には、寒ツバキから始まり、源氏ツバキ、乙女ツバキと次々に咲き出し、出揃ったところでサクラが咲きます。知人からいただいた水彩画を背景に、早春をイメージした我が家定番の玄関のアレンジメントです。