高知への旅 牧野富太郎先生とのえにし - フラワーコーディネーター森 由美子のホームページ

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高知への旅 牧野富太郎先生とのえにし

 6月末、3日間だけですが、高知への旅をしてきました。

 

  高知市には、恵泉女学園園芸科の先輩である大倉恵美子さんがお住まいです。「来春には牧野植物園が60周年を迎えるのよ」と、昨年大倉さんからお聞きしていながら、ついつい伺うのが遅くなってしまいました。

 

 高知県は「日本植物学の父」、牧野富太郎先生の故郷であり、1958年4月に高知市に開園した高知県立牧野植物園は、日本有数の植物園です。

 

 ここに伺うのはこれが3回目です。正門前でまず記念写真を撮りました。

 

 左側の看板は、強烈な日差しに照らされ、この写真では文字が読み取れないと思います。下のポスターでお分かりいただけるでしょうが、60周年記念特別展の看板です。『英国キュー王立植物園収蔵画とフローラヤポニカ』が開催中です。

     

Kochi2018 1 m

 

 

牧野植物園の正門前で

     
  Kochi2018 2 m    

 正門から本館までのプロムナードの左右は、「土佐の植物生態園」になっていて、土佐の豊かな自然環境を再現した4つのゾーンに分けられており、たくさんの高知県の植物が紹介されています。

 

 10年ちょっと前にこの植物園を見学したときには、まだ植えたばかりのような初々しい植栽でしたが、いまではすっかり逞しく美しく成長した木々が涼やかに通路を覆ってくれていて、私たちを本館へと導いてくれました。

 

 特別展には、ロンドンのキュー王立植物園が所蔵する歴史的な植物画を始め、牧野先生が描かれた植物画、現代日本人画家による植物画などが多数展示されていました。

 

 この特別展も大変見ごたえのあるものでしたが、私たちが改めて魅了されたのは、常設展示館に並べられている牧野先生の生涯にわたる業績の紹介と数々の遺品でした。前回拝見した時より、ずっと内容も濃くなり、展示されている遺品も増えていました。

 

 明治より前の江戸時代の年号は、慶應から遡ると元治、文久の順になりますが、牧野先生はその文久2年(1862年)4月に高知県の佐川(さかわ)というところで生まれました。独学で植物を学び、小学校中退という、ほぼ無いに等しい学歴ながら、後には東京大学講師にもなった方です。新種や新品種など1,500種以上の植物を命名し、約40万点の標本を残し、『牧野日本植物図鑑』を筆頭とする無数の著作を著したという・・・まさに“すごい!”という他ない植物界の大偉人です。

 

 この度の高知訪問のもうひとつの目的は、大倉先輩とお会いすることでした。

 

 大倉さんのご主人大倉浩典さんは、現在ご病気のため、残念ながらお会いすることができませんでしたが、前回は牧野先生とゆかりの深い横倉山にもご案内くださり、その該博な知識と植物に対する愛情の深さに感銘を受けた方です。

 

Kochi2018 3 m

 

 横倉山は、先生の生まれ育った佐川の近くにあり、いくつもの地質が混じりあった珍しい山で、700種以上の植物の宝庫となっています。

 

 青年期の牧野先生は、頻繁にこの山に登って植物を研究されたそうで、その初期に出会って山のご案内をされたのが、浩典さんの曽祖父、大倉遊仙さんでした。その後、お父様の大倉幸也さんが、高知植物同好会の中心的な役割を果たされたことから、牧野先生と大倉家の厚誼が再開され、2代にわたり牧野先生の研究の得難い協力者になりました。

昭和天皇が高知にお出ましの折談笑される幸也さん(中央)

 

 大倉家先代の幸也さんも、現ご当主の浩典さんも、教職のかたわら植物研究に力を注がれた方々です。浩典さんは、幼少の頃からお父様に連れられて、横倉山へのフィールドスタディなどにでかけられたそうです。

 

 現在、横倉山の植物は、木々の1本1本まで、浩典さんによってすべて記録され、データベース化されているそうです。

 

 今回、大倉さんのご自宅をお訪ねした折、先代の残された牧野富太郎先生の著書を、どれでも何冊でも私に差し上げたいという過分なお申し出がありました。大倉家の貴重な蔵書ですので、2冊だけありがたく頂戴いたしました。

 

 さらに、牧野先生が大倉幸也さんに贈られた直筆の書の掛軸も受け取ってほしいというお申し出がありました。あまりにも貴重なものですので、ご辞退しながら見せていただいたのですが、何と先生の喜寿の折の書であることが分かりました。

 

 くずし字の判読は苦手ですが、連れ合いの助けを得て、「明らけく学びの道にながらいて 七十七の坂を越ゆる嬉しさ 喜寿 牧野結網」(「結網」は牧野先生の号)という和歌がのびのびとした筆致で書かれていることが分かり、びっくりしました。

 

 びっくりしたのは、私が牧野先生と同じ4月生まれであり、今年ちょうど「七十七の坂を越えた」ばかりだったからです。そう申し上げましたところ、大倉先輩と居合わせられたお嬢様とが、口を合わせて「森さんがお持ちになったらよい」とおっしゃってくださいました。

 

 お2人は私にくださるというご意向でしたが、浅学の私がいただくのはあまりにも申し訳ありませんので、ひとまずお預かりします、展示会、ホームページ、出版物などを通じて、牧野先生の偉業を広報させていただく折に使用します、というお約束で大切に持ち帰りました。  

  

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     牧野先生直筆の掛軸に大感激  

 

 

     

 この度の高知訪問でこの掛軸にめぐり合いましたのも、昨年末に私が出版した本『フラワーカレンダー~季節の花飾り』を、大倉先輩が気に入ってくださり、恵泉の園芸科と植物を愛し続ける気持ちを褒めていただいたことがきっかけでした。

 

 尊敬する牧野富太郎先生の書が書かれたのと同じ七十七の歳に、高知に行くことができて、この書と出合えたのも何かのご縁でしょう。

 

 人と人との出会いとえにし(縁)の不思議さに感動しながら、東京への帰路につきました。