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令和の時代を迎えて

 

 新時代明けましておめでとうございます。

 

 「令和」の時代を、山梨県の西端にある、八ヶ岳南麓の標高1000メートルの地で迎えました。

 

 30数年前、何気なく訪れて何気なく歩いた小淵沢の赤松林。そのいたるところに、スミレや日本スズランが咲いているのに魅了され、私の仕事場を設けることにしたところです。

 

 ここに私の居場所を作ることで、生徒さんたちとのいこいの場にしたい、みんなと一緒に自然の美しさを楽しむ環境を作りたいと思ったからです。  

      

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 庭に咲く凛とした気品を感じるモクレンの花。花言葉は「自然への愛」

 

 

 5月1日、令和は美しい季節に幕を開けました。雪を頂く山並みが清々しく望め、冬から目覚めた木々の若葉がさわやかに照り映えています。

 

 5月2日の山梨日日新聞の一面には、新天皇様と皇后さまの晴れやかなお写真と初のお言葉、そして令和初日に生を受けた「令和ベビー」の記事などが載っていました。

 

 同じ一面の最下段には、『風林火山』と題されたコラムがあり、ここには私にもゆかりのある事柄が載っておりました。

 

  新天皇のご趣味のひとつが登山であり、皇太子時代から山梨での山登りを楽しまれ、すでに県内の19の霊峰を踏破されていることはかねがね耳にしておりました。

 

 この日の『風林火山』は、『日本百名山』の著者であり、山梨県の茅ヶ岳が終焉の地となった深田久弥先生の《百の頂には百の喜びあり》という言葉から始まり、天皇陛下が登山のために度々山梨県を訪れ、山で出会った人たちとの和やかな交流を楽しまれたというエピソードが紹介されていました。

 

 

 私のゆかりと申しますのは、深田久弥先生とのふれ合いです。先生は私が生まれ育った世田谷の実家のすぐ近くにお住まいでした。我が家の庭のすぐ前の道をよく通られ、花好きの幼い私が庭いじりをしていると、「きれいな花ですね」と気さくにお声をかけてくださいました。

 

 その頃は、お名前も知らず、ご近所のお花の好きなおじさんという認識でした。山からのお帰りのときだったのでしょう、各地のお菓子など、ちょっとしたおみやげをよく垣根越しに渡してくださいました。

 

 このご近所のおじさんが高名な登山家であることを知ったのは、私が小学校の高学年になってからのことでした。

  

 やがて私も山が好きになり、中学、高校、短大を 通じて、富士山や中央線沿線の山々に友人たちと出かけるようになりました。社会に出て花の仕事についてからも、深田先生の『百名山』を踏破したいという高望みを持ち続けながら、遠くは北海道まで足をのばしたりして、野山の花々との出合いを楽しみながら、登山を続けておりました。

 

 私が結婚を決めて、ご挨拶にお伺いしましたところ、日を違えずに、「百の頂に百の憩あり」という言葉を書き添えた『百名山』のご本をお届けいただきました。

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    深田先生からご署名入りでいただいたご本

 

 

   

 いまではすっかり登山から遠ざかっている私ですが、『風林火山』のエッセイからいろいろ思い出すことがありました。登山は若き日の思い出ですが、花を愛する心は深田先生とお会いしたあの頃と変わりありません。

 

 花を仕事としてからの道のり、私の「花の道」もすでに60有余年を数えます。多くの同好の方々と出会い、助け合いながら、美しいものとの歩みをここまで続けて来られたことは、何と幸せなことだったでしょうか。

                         

 昭和、平成に続く新たな時代の始まりです。これからも花とのふれあいを続けていきたいと思います。どうぞ温かくお見守りくださいますようお願い申しあげます。

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     5月2日。北側から見るフラワーカレンダー。左右のヤマザクラが美しく咲き、背後には雪を頂く南アルプスの峰々が望めます。